部下の些細な行動が気になったり、考え方がイマイチだとか、仕事の詰めが甘いなど、気になる度につい直接指導したり、ダメだよと口を挟んでしまうことはありませんか?

私もマネージャーになりたての頃には、部下の逃げ場をなくすくらい追い詰めてダメ出しをしたこともありましたが、結果として部下の成長に繋がったか?と考えると、もっと良い関わり方があったはずだと思えてなりません。
では、部下に気づいて欲しい時、改善して欲しいことがある時は、どんな対応がベストなのでしょうか?

長いスパンで見る

時間の経過とともに、考え方が変化していくのが人というものだと思います。
例えば、他の人の振りを見て気づいたり、映画を観ているときにふと思いついたり、本を読んでいて気づいたりと、周囲から刺激を受けて、自ずと気づきを得ることがよく起こるのです。

だから、私はこんな風に思うようにしています。

「今はまだ甘いことを言っているかもしれないけれど、そのうち理解できる時が必ず来る」

いつか気づきのタイミングがやって来るまで、長い目で見ましょう、というスタンスです。
もし、その場でズバリ部下へ気づきを促すべく、できていないところを突っ込んでしまったとすると、本人が気づくタイミングを逃したり、意識しすぎて理解が浅いままで終わったり、
「いや、自分は出来ている、上司が間違っているんだ!」
と頑なな態度へ導いてしまうという結果になることもあり得ます。

誰でも、人から自分のことを指摘された瞬間はいい気分はしないものです。
同時に、自分で気づいた時の「このままではダメだ!」という変化のパワーに勝るものはないこともご理解いただけるかと思います。
だからこそ、部下が自分で気づくまで、じっと我慢の子です。

いつか、そのうち、気づく日が来る!と根拠のない確信で構いません、のんびり長い目で見ることを試して欲しいと思います。

一段上で見える時が来ると信じる

経験したことがある人も多いかもしれませんが、ふと、自分の視点が1段上に上がるような、今までとらわれていた気持ちから抜け出せる瞬間が訪れます。
いわゆる、「視点が上がる」瞬間です。

自分が現在こだわっていることについて、自分の中で悶々と考え続けてもなかなか視点は上がらないものです。
前述の「長いスパンで見る」でお伝えしたように、日常生活の中で様々な人とダイレクトに関わることや、だれかの間接的に聞いた言葉を通して、自分の視点が上がって、苛立っていた自分の気持ちがスッと落ち着くことがあるかと思います。私はこの現象を「(とらわれていた視座の低い自分から)抜ける」と表現しているのですが、この「抜ける」タイミングが部下に訪れるまでは、どんなに相手が視点の低いことを言ってきたとしても、私は一切否定しません。

むしろ、上司に意見するということは、「認めて欲しい」「自信がない」という気持ちが混在していることが多く、さらにそこには
「自分はこのままではいけないかも」
と自身の未熟さを自覚していることがよくあるのです。

具体的なスタンスと関わり方としては、「部下はこれから成長する土台を作っている時期だ」と思って、共感できるところは共感し、承認し、間違っている部分については聞き流し、

「全体的にはいいですね」
「方向性としては合っていますよ」

と自信をつけさせるようにします。もちろん、大きく間違ったことに関しては「ここはもっと◯◯にした方が、うまくいくと思います」と提案をします。
このような関わりを通して、部下は自信を持ち、冷静さを取り戻して、自分を振り返る機会を得られるようになると考えています。


悩みを抱えていたり、何かと意見を伝えてくれるような部下については、お伝えした通り、長い目と、一段高い視点で見守るように心がけてみることをお勧めしています。
こちらが放っておいても、自分で気づき、変化する可能性を持っている部下であることに必ず気づくタイミングが訪れると思います。